語学は差別化にならない

とある中国のサプライヤーを訪問した。大手企業ではなく、あく
まで中小企業だ。中国のサプライヤーで思うのは、たいていどの
企業でも、英語を話せる営業がいて、それはたいてい女性だ。
今回訪問した企業も、英語を流暢に話す女性が対応してくれた。
別に、どこかに留学していたとかではなく、地元で育って勉強し
ただけだという。


こういう中小レベルの企業であっても、流暢に英語を話し、世界
中からくる顧客に対してきちんと対応できる人がいるのだ。そう
考えれば、「英語を話せます」なんていうのは、グローバルレベ
ルでみれば付加価値でもなんでもない。最低限のスキルともいえ
る。


じゃー日本の企業の国内で営業をしている人間で、海外からのお
客さんに対してきちんと対応できる人たちがどれだけいるだろう
か。もちろん、仕事上、英語を使う必要などないわけだから仕方
がないというのはあるのだが...。


ただ、グローバルレベルで見れば、「英語を話せて営業ができる
」というのは特筆すべきスキルでも何でもなく、中国の中小企業
で雇われるぐらいのレベルというわけだ。逆に言えば、英語が話
せたとしても、せいぜい中国の中小企業の営業マンにしかなれな
い、ということだと思う。


それを考えると、労働省に限らず、そうしたホワイトカレーの人
材においても、賃金が収斂していく、というのは当然だ。


語学というのは最低限のスキルであり、それ以上の付加価値を出
せてはじめて意味があるのだろう。楽天ユニクロが、というよ
りは、柳井さんや三木谷さんが英語を公用語にしないとグローバ
ルでは戦えないという気持ちはわかる。彼らの意図を読めば、日
本市場も英語化が必要、というよりはグローバル化を目指すので
あれば、少なくとも本社はグローバルヘッドクオーターでなけれ
ばならないという考えだろう。