確認のために実験をする

昨日に引き続き、研修。
講師の方が次のようにおっしゃられていた。「やみくも
に実験ばかりしていても、うまくはいかない。少し、理
論を理解するだけで答えが見えてくる。実験は、確認の
ためにやればいいんだ。」


ちょうど同じ日に、トム・ピーターズの「経営革命」を
読んでいたが、同じようなことが書いてあった。「発見
のためにマーケティングをするのではなく、確認のため
マーケティングをするのだ。」と。


共感できる内容だった。こうなる、という仮説をもって
いるからこそ、実験をする意味があると思う。もし、実
験で結果が出なかったら、その仮説の何かがおかしいか
実験のやり方がおかしいかのどちらかである。そういう
場合は仮説のほうがおかしかったりする。


でも、直感的に仮説を正しいと認識していれば、だいた
い実験結果は正しく出てくるものである。


人と会って話をするときも同じだと思う。自分の考えて
いることをぶつけてみて、「その通りだ」という答えが
返ってきたら、「よし、合っていた」となるわけである



でも、実験にしても人と合うことにしても、その裏づけ
を取れることもそうだが、そこから+αの世界の広がり
をもつことが大切なのだと思う。